斜塔鰤庵

ネット小説に関することとか

web小説紹介『和風Wizardry純情派』

ちょっと懐かしいweb小説を紹介する。気が向いたらシリーズ化。

今回紹介するのは、ダンジョン探索系小説『和風Wizardry純情派』

久しぶりに読み返したら思った以上に面白かったので。

やべーぞこれは。5、6回読んでるはずなのにまったく飽きない。

 

 

Wの跡地 (作者個人サイト)

配布pdfが消滅しているようなので、根性でログ辿って読むしかない。

 

ちなみにGA文庫で書籍化済み。全4巻。

迷宮街クロニクル1 生還まで何マイル? (GA文庫) | 林 亮介, 津雪 |本 | 通販 | Amazon

(作者様には申し訳ないけど、初めて読むならweb版の方がおすすめ。理由は後述)

 

◆概要

ある日突然京都に出現した迷宮。その探索のために作られた街が舞台。

物語は主人公の一人である「真壁啓一」が書くブログと、様々な人々に焦点を当てた三人称が入り混じって進行していく。そんなわけで群像劇の色が濃い。

タイトルにある通りゲームのWizardryを下敷きにしている部分も多いけれど、知らなくても全く問題ない。

(自分はWizやったことあるけど、向きを変えるだけで見当識を失う方向音痴なので、2階にすら行ったことがない)

 

◆紹介

 

この作品の特異な点はいくつもあるけど、まず最初に挙げなきゃならないのは、圧倒的なまでの現実感だと思う。

ダンジョンものとしてカテゴライズできる本作の舞台は「現代日本の京都」。ミニストップカロリーメイトもかにパンも観光地も平気で実名登場。

作者ははじめの一歩どんだけ好きなんだ。何度もタイトル出てくるぞ。

 

迷宮の探索でどうやって生活してるのか、なんてこともかなり詳細に扱っているし、なんならこの物語の中核の一つを成していると言ってもいい。

 

化け物の身体には今の科学では生成できない貴重な物質が含まれていて、探索者たちはそれを切り取って買い取ってもらうことで生計を立てている。

それを買い取る商社の人間が物語上の重要なポジションにいて、買い取り形態の変革に四苦八苦するってのが後半の大きなテーマのひとつになっているんだから驚き。

 

んで、多くの文章量が割かれているのは、探索よりもむしろ人物描写。

死亡率が18%近いといわれる探索者に現代日本の人間がわざわざなろうってんだから、そこにはそれぞれの理由とドラマがあるわけで。

 

普段は会社で働いていて、週末だけ(趣味的に)迷宮に潜る。詩想を得るために、なんてのから、事故を起こして昏睡している友人の治療費と慰謝料を払うため。

価値観を広げるため、街にいて仲間の死を見続けるうちに辞めるに辞められなくなったのまで、その理由は千差万別。

 

ただ共通しているのは、みんな「自分のため」に探索者をやっているという点。

世界を守る使命のため、なんて公言する人もいるけれど、多くの探索者はその言葉に不快感を覚える描写があるくらい。

(真壁くんいわく、自分たちがやっているのは明確に迷宮に対する侵略行為で虐殺にすぎないらしい。そしてこの認識は探索者たちにある程度共通しているよう)

地下から出てきた怪物に近しい人を殺されたから潜るって人もいるんだけどね。

 

高い死亡率をうたうだけあって、登場人物は結構あっさり死んでしまう。

ただし、日常的に起きている探索者の死をさらりと流さずに、物語的になんらかの意味をもたせるようなエピソードが都度描かれる。

 

そうそう、現代ものでよく疑問に思う「おいおい自衛隊はどうした」って疑問にも回答が示されてる。

 

ライトノベル文庫よりも新潮とかで出てる方がしっくりくる」、って言ったらなんとなく雰囲気掴めるかもしれない。

や、GA文庫から書籍化してるんだけど。こっちは個人的にはうーんって感じでした。

ある意味最重要である番外編と、ファンディスク的なちゃんばら大会編が書籍化してないこと。なにより主人公の一人である真壁くんのストイックさが書籍ではマイルドになっちゃってるのがその理由。

 

ただし書籍版だけのエピソードもあるので、一概にweb版がいいわけでもないことは明記しておく。

書籍版しか読んでない人はちゃんばら大会編だけでもwebで読むべき。

 

◆感想

さて。 

ここからは明確に主観の話。これが書きたかっただけで紹介はおまけ

 

ものすごく考えさせられることが多い。主に登場人物について。それは与えられたもの、つまりは作者側からの意図的な投げかけ「ではない」。要は押しつけがましくない。

 

自分で勝手に、これはどんな意図から出た言葉なんだろう。このときこいつはどんな気持ちなんだろう。たとえば違う状況に置かれたら、どんな風な行動をとるんだろうなあ、なんて想像したくなる感じ。

それはそれだけ魅力的かつ、想像可能なほどに人物が作り込まれていると同時に、想像の余地がある程度には書き込まれていないことを意味すると捉えてる。

自分はそのことをとても好ましく思う。これは登場人物がキャラクターではなく「人間」として描かれているからだろう、と。

 

この生々しい人間たちを魅力と受け取るか、読むのに労力を要すると考えるかは、正直好みが分かれるところじゃないだろうか。

 

 

ブログ部分と三人称部分の書き分けもかなり工夫されている。

筆者の真壁くんはブログをネットにアップロードしている、という意識 を常にもっていて、だからこそセンシティブな部分は意図的に省かれたりする。

そこを補完するように三人称は描かれているし、真壁くんの視点を通しては絶対に描けない視点人物たちの想いも我々は読める、と。

ブログの記述と事実の食い違いなんてのがある人物を悩ませたり、なんてことも。

 

ただしこの三人称は完全三人称じゃなくて三人称一元なので、たまに視点がごっちゃりするのが難点といえば難点。登場人物すげー多いし。

 

あー、探索者の「強さ」の描き方もツボ。

たとえば真壁くんはルーキーの中では間違いなく上位。だけど迷宮街ベテランたちからするとどこまでいってもルーキー。

その探索者上位の人たちも訓練場の教官には手も足もでないし、剣道が強い自衛隊員にボコられたりする。さらに「素手では」象には(たぶん)勝てないなんて化け物おじさんもいるし、上をみたらきりがない。

 

そんな探索者たちはそれぞれの戦闘法を自分たちで編み出している。

非力を補うために武器の重量と跳躍を活かす女性、筋肉の仕組みを意識して効率よく身体を動かす人、空手の経験があるから蹴りも使う人などなど。

もちろんそれも現実の範囲でありそうなレベルに収まっているのが魅力。

(テレポートで夕食の買い物するおばさんがいるけど、その人はもはや人外扱い)

 

とまあ長々書いてきたけど、まだまだ書洩らしていることがあるんじゃないかと思うほどに大好きな作品です。読み応えと面白さは保証するので、興味ある人もない人もちょっと目を通して欲しいなあ。

最初は人物の多さに混乱するだろうけど、何度も読み返せば大丈夫ですよ。

 

真壁くんと鈴木さんと国村さんがすげー好きです。たぶん読む人によって好きなキャラが全然違うと思う。このブログを見てさらに実際に作品読んできた、なんて奇特な人がいたら、ちょっと一言好きなキャラ教えて欲しいっす。

 

それでは。